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うつらうつらかんがえる

2009/11/13 Fri 22:40

エゴサイドの遂行、すなわち未熟で自己破壊的自我同一性の殺害であった。


などということが書かれた本を読んで死と再生を表すような人生の様々な行事、通過儀礼について考えるわけですが、昔の元服なんて名前まで変わるわけですし、まさに幼い自我が死に、大人の自我に再生するためのものなのでしょうね。ゲド戦記のところでもあったように名前は本質を表したり、魔法や象徴性など色々な力を持つなど当然ですがとても大切なもので、それが変わってしまうことは大きなことだったのでしょう。

まあ、今の成人式は、一部では子供がまだ子供のままでいさせてくれと宣言する場なのかもです(´・ω・`)ニョローン

などなど考えながら、


若者は、自分の中の支配的な自我イメージやアイデンティティ(それは、親から取り入れたものと結びついている)を心的に絶滅させ放棄することを望み、必要とする。


心的な親殺しについての文章を読んだ時に映画の方のゲド戦記のことを思い浮かべたのです。(但しまだ観てません)原作をぶち壊してまで親殺しを入れたのは、監督自身の心的な親殺しのためだったのでしょうか。もしそうだとすると巨費と多くのスタッフを使ってなんと個人的な作品を作ったんだ~と批判されそうですが、私としてはその方が観てみたい気になります(≧ω≦)
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コメント
No title
「自分の作りたいものを作る」「見る人が楽しいと思うものを作る」
映画監督としてはどちらが正しいんでしょうね?
んまぁ見る側としては、出来上がった作品が楽しければどうでもいいんですがw



・・・大人になるって何だろう?
大人買いができることかな?
No title
こんばんは、さみいさん(≧ω≦)
レスくださいと言ったら本当に下さって、ありがとうございます^^

箱買いとかのいわゆる大人買いってやったことないですね~^^ 夏はミネラルウォーターを箱買いしますが、これは違うしw でも、確かに自分の欲求を自分で満たせるのは大人の条件ですよね。

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