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人間の深層にひそむもの―おとなとこどもの心理療法  河合 隼雄
「ゲド戦記」と自己実現(P189-214)



「ヨブへの答え」に対する批判からユングは海外では日本ほどの人気がないらしいのですが、そんな問題作なら面白そうと思い読んではみたものの、旧約聖書を読んだことも、ヨブ記を読んだこともない私には、前提や背景がわからなくて途中でほっぽりだしてしまいました。

そして、河合隼雄さんのゲド戦記を解説したものがあるのを知って読んでみたいと思った時には、同じ轍は踏むまい、と先にゲド戦記を読んだわけです。

ゲド戦記の中での名前について、


「人の本名というものは、本人と名づけの親しか知らないものだ。やがては兄弟とか妻とか親友に知らせるとはあっても、そうした人々も、他人の耳に入りそうなところでは決してその名は口にしない。」「人の本名を知るものは、その人間の命を掌中にすることになるのだから。」


というふうになってるのですが、これが一体何を表してるのかよくわからず、三国志かなにかであった、誕生日が相手にばれると占いによってその運命を知られることになるので、秘密にしているのと同じようなことかなと考えていました。河合さんの、それは物や人物の本質についてであり、賢人はその本名(本質)を見通すことができるという解説は、なるほどと納得させられるものです。その他竜についてなど、読み落としてるところや分かりにくかったところを補完してもらえるので、ゲド戦記を深く知りたい方にはお薦めします。
書評 | コメント(7) | トラックバック(1)
コメント
こんにちは。
この本はmust read!ですね。
私もなんとかゲド戦記原作と合わせて
読みたいものです。

名前=本質というのは、「名は体を現す」ということかな~と思っていました。
あしべゆうほのファンタジーマンガ『クリスタル・ドラゴン』は確かケルトあたりの設定ですが、
そこでも「本名を知られると相手の支配を受ける」ので、本当に信じられる相手にしかフルネームを明かさないというテーマがありました。
個人の名前がその資質を表しているからだということでした。

苗字と下の名前で呼ぶ(呼ばれる)感じの違いも
これに近いものがありますかね?
私は苗字より下の名前で呼ばれるほうが自分の本質に向かって迫ってこられるような気がします。
本の中では、

「我々のところに相談に来られる方で本当の名前じゃなくて、ニセの名前を付けて喜んでいる人が多いように思います」「私の仕事というのは真の名を探す仕事…」

得たい知れないものでも何か適当でもラベリングされていると安心してしまうので、自分自身に間違った名前を付けても気づかなかったりすることなのでしょうね。自分の本当の名をどれだけの人が知っているのかと問われているようです^^

竜は太古の言葉を話して容易に人とコミュニケーションできず、人が生まるよりはるか昔からこの世にありますが、それが無意識でも意識がなかなか認識できないぐらい深いところにあるものを表しているというのを読んだ時は頭にあったもやもやが吹き飛びましたよ(≧ω≦)
どもども。
西洋では昔、名前を呼ぶことは魔法そのものだとされていたようですが、neoさんのエントリーを読んで、すぐに「千と千尋の神隠し」を思い出しました。

そういえば主人公の千尋は最初に自分の名前を剥奪されてから生きることの本質を探す冒険(湯屋での仕事)に入っていったよなあ、と。あれはもしかしたら、仮の名前を捨てて、本当の名前(生きるあり方)を思い出す旅だったのかも……。

竜の「本当の名前」を思い出してあげることで、竜にかかった呪縛を解くシーンもありました。あれは同時に、自分が幼い頃に川遊びをした生き生きした体験を思い出すという意味でもあったわけで。

「千と千尋」以降の高度にファンタジー化したジブリ作品は、ほとんどが「覆い隠されてしまった生の力を取り戻す」というテーマのせいか名前と魔法を扱うものが多い気がします。ただ宮崎監督の息子の「ゲド戦記」だけはがっかりでしたが……
ありがとうございます^^

名前を呼ぶことが魔法だったとは^^

名前について考えてる時にまず思い浮かんだのが、デールカーネギーの確か「人を動かす」の中で、相手が尊重されていると感じてもらうためには「君」とかではなく、名前で呼ぶべきというのがあったな~でした。それで、授業をやっていたときには、なるべく1回目の授業で学生の名前を覚えようとしてたよね~( ¨)トオイメ と懐かしがってました^^

お父さんがゲド戦記を作っていれば、名作といわれるものになったかもですね。その時のポスターにあるコピーが

「かつて人と竜はひとつだった。」

原作のどこにそんなこと書いてるんだ~
(ノ`Д´)ノ彡┻━┻
こんばんは~。

このような本があるのですね。
もう一度再読して、是非読んでみたいです。

個人的に民俗学に興味があり、このあたりのことを読んだことがあるのですが、日本でも昔言霊と言われたように、いいことを言えばいいことが、悪いことを言えば悪いことがおこる、と信じられていて(祝詞や結婚式のことばに残っているそうです)、その関係かなと思いました。
アフリカかオセアニアのどこかの部族ではいくつか名前があって、使い分けたりするそうです。

今司馬遼太郎を読んでいるのですが、昔の日本人は結構名前を変えるしてるんですよね。
今は固定ですけど、昔から、「ことば」と「おと」に、力があるとずっと信じられてきたんだな~と思いました。

いいことを言っているといいことが起こるかも…?
こんばんわぁヾ(*^▽^*)〃
この本は他の部分も読みやすいですし、内容もいいので、図書館などで見かけられたら一度手に取られたらと思いますです。

言葉や文字は、まだ固まりきっていない思考を表に出すことで固めて、自分自身や相手の無意識に働きかけ、行動を縛るようなところがあるのでしょうか。それが反復されればされるほど、その魔力は大きくなるのかな?ダメな子ってずっと言い続けられると、まるで自分を罰するが如くダメな行動を取ってしまうのかなと考えてました。

いいことは考えたり、言ったりしたほうがいいのでしょうが、それをできない時に、できない自分はだめというのでなく、そういう自分の部分もあるんだと認めたげるのがいいかなと思うのです(≧▽≦)
それと、初トラックバックありがとうございます゚+.ヾ(´∀`*)ノ。+.゚
(トラックバックがリンクに毛の生えたようなものぐらいにしか分かってないことは、秘密だ~(≧ω≦))

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昨日はつらかったですが、今日は楽になりました。 毎回毎回堪忍してください、ほんま…! neoさんのところで、ゲド戦記の名前の記事を読ん...

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