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癒しと赦し

2011/07/06 Wed 16:39

自分の癒しのために「赦す」というのを聞くことがありますが、「赦す」とはどういうことなのでしょうか。ただ、「赦す、赦す」と唱え続ける事が「「赦す」」ことになるのでしょうか。もし誰かに傷つけられたときに、その行為や人を「赦す」ことが癒しとなるのでしょうか。

最近気がついたのですが、やはりここでも「意識化」ということが大切だと思います。その関係において傷つけられた人や行為を「赦す」のではなく、その行為の元となる地下深くにある、気づくこともできないシステムを理解し、意識化することが「赦す」ということに近づくのではないでしょうか。

それは、傷つくような関係に入った自分の無意識の中の原因に気づき、そして相手の行為の元となった無意識の中の原因に気づき、理解することにより、その問題を手放すことができ、また、それによって2度と同じような関係に近づくこともなくなり、また傷つけられることもなくなるのです。

人間関係や恋愛関係において、同じような問題を繰り返すのであれば、そのあたりを探索してみてはいかがでしょうか。
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O-157が問題になったころ、それまでなんともなかった大腸菌が毒素を持つに至ったのは赤痢菌かなにかのDNAを取り込んだためというのを読んだ気がします。進化が淘汰によって行われたのではなく、他のDNAによって引き起こされたということでしょうか。

人間について、現代のように環境を支配している状態であれば、環境の変化による淘汰によって人間が新たな能力を身につけるということは起こりえないのでしょうか。もしあるとすれば、他のDNAを取り込んでの変化、進化なのかと考えていたことがあります。

そんなことは到底できないことですが、他のDNAを取り込まずにDNAを変化させる方法… 放射能を浴びさせるというのもありますよね。大人しい日本人なんて実験体としてちょうどいいような…
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普遍性

2011/04/11 Mon 15:08

結構前に書いていたのですが、下書きのまま放ってあったので、なんとなく公開です^^


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ユングは、ある精神疾患の患者が話した、「太陽にはしっぽがありそれにより風向きが変わる」というものが、古いグノーシス派の教義の中に同じような物語があるのを知り、それによって人間の奥底には共通したものがあるのでは、と考えるようになったのでした。そういうものはとても離れているにもかかわらず存在している、神話やおとぎ話のようなものの中の「共通したモチーフ」という形でも表れています。

しかし、なぜそんなものが存在するのでしょうか。

おとぎ話なんてたいした話でもないのに、なぜ残り続けるのでしょうか? 神話には確かに歴史的な価値があるのでしょうが、しかし何千年もなぜ残り続けるのでしょうか?モーツァルトの音楽はなぜ残っているの?同時代のサリエリはその当時はもてはやされたのに、今ではほとんど聴くこともなくなったのはなぜ?

時間や地理的条件を超越した共通性、普遍性は無意識の中にあり、それがこれらの伝承や神話、芸術が残っていくことと関わりがあるんだと思うんです。

文字や言葉は意識の支配下にあり、音楽のように直截的でないため一見無意識まで届きそうにはないですが、あるレベル、ある形のものは意識の壁を突破していしまうことで、心を震わせたり、忘れることができなくなるのではないでしょうか。

良い芸術にふれるのは、自分の、そしてたくさんの人の無意識と出会うことなのかもしれません。
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投影

2011/04/10 Sun 01:53

ネット環境が自宅にないため、わざわざ夢を記したノートをもってこないといけないため、ブログには書いてませんが、起きた時に覚えていた夢は記録するようにはしています。

最近は夢だけではなく、他者に投影したコンプレックスなどの無意識に注意し、その絡まった糸を解すように自分へ引き戻しをするように心がけています。好きなったり気に食わなかったりなど、他者に対するプラスの感情もマイナスの感情も、その時自分が注目すべき内面のしこりを表しているのだと思います。気になる他者が表れるというのは、自分の無意識を映し出してくれる「鏡」として登場してくれるという面があるということです。

こういう風に書くと情緒もへったくれもなく、まるで機械のようですね(汗

ですから、他者に投影しているものに気がつき、引き戻しができた場合には、その関係は終わってしまったり、また違うフェーズへと向かうのでしょう。ところが、問題に気がつかないまま関係が終わってしまうと、また同じように投影する相手を選んで同じようなことを繰り返すことになります。男女関係でよく言われる、悪い人ばかりに引っかかるというのでしょうか。

夢と投影の引き戻しは、こころの成長への重要な手がかりだと思います。
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単一性と多様性

2010/11/05 Fri 00:05

どうにかこうにか元気にやっております。

相変わらず夢を見たらノートに記録したり、
中途半端な覚醒状態でそれを分析はしてみたものの、
記録するのを忘れてたりです。



無意識と意識については忘れることもなく、常に考えています。


そこで感じるのは、
もし人間の「生」に意味や目的があるとしたら、
それは「無意識を意識化すること」ではないかと思えてきました。


ユング先生も「対立物の結合」は個性化の過程でとても重要になると書いておられます。


無意識は深くなれば深くなるほど「単一性」が表れますが、
意識の数は存在する人の分だけあり「多様性」があるといえます。


ということは、人間は「単一性」と「多様性」という
相容れないものが同時に存在するものですが、
普通に生活する中では意識に重きをおくため
「多様性」だけしか感じることがないのだと思います。
でも、これでは半分しか生きていないことなるのかもです。


なので、この「単一であり、また多様」である本来的な存在を感じ、
そして統合することが内的な成長につながるような気がするのです。


優れた芸術作品は「単一であり、また多様」なものであり、
「対立物の結合」の結果、生成されたものではないでしょうか。


多くの人の心を動かす人類に共通したトリガーを持ちながら、
様式としてその芸術家が持つすぐれた個性も発揮されているからこそ、
長期間の歴史による淘汰にも耐えうるのだと思うのです。


「無意識」から自由になり、またそれを知ることで、
より豊かになれるようがんばりたいです。
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